interview 2011.10.17 up

女性の美しさをもっともっと引き出したい。そんな想いから彼女はローフードライフを提案し続ける。

ローフードとともに夢を描く

YUKI(ローフードマイスター)

text & photo Taiyo Furukawa

 

夜の8時半。ローフードマイスターのYUKIは中洲川端にあるイタリアンレストランの前に自転車に乗って現れた。学生時代から趣味で描き続けているという油絵を友人のBARに届けたついでに一杯ご馳走になってきたらしい。彼女の頬はやや赤くなっていた。

 

サラリーマンが福岡出張と聞けば必ず名が挙がるのが「中洲」。

眠らない街で有名な地域だが、5分ほど歩くと一人暮らし用のマンションが多く立ち並ぶ。YUKIも多くの若者と同様、中洲を生活の拠点としている一人。そして、ローフードマイスターとして様々な活動を行ってきたが、今後は活動拠点を東京に移す。福岡で過ごした3年間を含めて、彼女が現在に至るまでの経緯を振り返ってもらった。

 

―そもそもローフードとは何のこと?

 

「簡単に言うと、摂氏48℃以上で調理されていない食物のこと。なぜ摂氏48℃以下なのかというと、植物の酵素が壊れてしまう温度だから。これ以上の熱を加えると、酵素が死滅しちゃって身体に必要な生きた酵素を取り入れる事が出来なくなってしまう。そのため酵素をスムーズに摂り入れる食事スタイルとしてローフードを提案しています。」

 

―ローフードは福岡で学んだって言ってたね。福岡へ来たきっかけは?


「3年前、岡山と大阪の百貨店で外資系ブランドショップの店長をしていて。そこで結婚前提にお付き合いしていた彼氏にフラれたのが転機。仕事も辞めて一回は地元の鹿児島に戻ったんだけど、鹿児島で働くことがなんとなく自分には合わないなって感じて、実家にすぐに帰れる距離で一番近い都会の福岡へ引っ越してきた。だけど、別れることが信じられない位、彼のことが凄く好きだったから、福岡へ来た時は仕事もない、恋人もいない、本当にどん底の日々だった。」

 

―恋愛、意外だね。 今では仕事一筋なイメージだけど。


「(笑)。もう本当に好きで好きで。彼と付き合っている時は休みを合わせたくて、一度はショップ店長を辞めようと会社に申し出たこともあったくらい自分より彼を優先していました。けれど人事から〝土日休みでいいから働いて”って普通じゃ考えられない提案をされて…結局はそのまま店長として働いてたんだけど、彼の仕事先は広島で私は大阪の勤務だったから、新幹線で毎日広島と大阪を行き来していて交通費だけで毎月17万円とあり得ない金額がかかってた(笑)。けどその分、平日は全力でスタッフのフォローに回っていたんだけどね。じゃないとスタッフが納得しないって思ったから。

…で、それだけ彼中心の生活をしてたのに、別れてしまった。一緒になるって信じてたから、別れた時は本当につらかったな。でも、今となってはその彼には感謝してるんだ。彼が居なければ今の私は存在してないからさ。」

 

 

インタビュー開始時からずっと笑顔を絶やさなかった彼女だったが、少し目を反らした後、ふたたび優しく微笑んだ。その表情から彼女がその時のパートナーと生活していた時間をいかに大切にしていたのかが伺える。会社が費用を出してくれるとは言え、新幹線の往復の毎日はきっと体力的にも精神的にもきつかったはずだ。しかし彼女にとってはそれは大したことではなく、そこまで出来る人に出逢えたことが何より重要なのだろう。今はその彼も結婚してるけどね、と小さくつぶやくまでにきっと色んな感情に捕らわれて来たことは容易に想像がついた。


―広島から福岡に引越してからはどんな生活をしていたの?


「天神の百貨店で外資系のジュエリーブランドで働いてました。ただ仕事が上手くいかない時もあって・・そういう時は全部自分のせいにしちゃう癖があるから、ストレスフルな毎日だったかも。基本、人に頼れない性格なんだよね。福岡に来てしばらくは友人も居なくて、2年位は辛い日々が続きました(笑)。」

 

奥底にある自分の気持ちと食事は繋がっていると思うんです。私もローフードで変わった一人なんです、と語るYUKI。
奥底にある自分の気持ちと食事は繋がっていると思うんです。私もローフードで変わった一人なんです、と語るYUKI。

 

―ローフードに出会ったきっかけは?


「一本の電話だった。岡山で一緒の職場だった女の子がいて。とっても美人だなぁって思ってたら仕事の息も合って、ある時2人で話したらお互いがタダものじゃないって思っていたらしく(笑)。


で、その子からいきなり“YUKIさん、ローフードって知ってますか?!”って電話があってそこから延々とローフードの話を聞いて・・・で、次の日には教室に申し込みに行ってた(笑) 。そうしたら2カ月後に資格試験が迫ってたから慌てて生活の全てをローフードの勉強をするために切り替えて、仕事の休みは全部ローフードの教室や東京での勉強に費やし、2カ月間身を粉にして勉強しました(笑)。」

 

―じゃあ、最初からローフードが好き、という訳ではなかったんだ。


「そう。そのとき、 毎日すごく悩んでいて、どうしてこんなに悩むんだろう、って深みにはまって、それが食事の摂り方に影響が出てしまった。食べ過ぎたり、全く食べない日が続いたり…いわば、摂食障害になっていたんだよね。食べることが怖くて敏感になっていた時に、その子から〝野菜を食べるってことは森林浴と同じ効果があるんだ よ”って聞いたとき、食べることで自分が変われるかもしれない ならやってみたいって思ったの。」

 

 

乾ききった心の中に水がみるみる入っていき、全身を満たしていく。それはきっと、運命とも言える一言だったのだろう。それまで食に関わる仕事をしたことがない彼女が「これしかない」と感じたのは何よりその子のことを尊敬し、信頼していたからだろう。そしてその想いは彼女にも十分伝わっていた。一見、衝動的と感じる行為かもしれないが、2人の関係がそうさせなかった。東京と福岡と距離はあったが、感情が連鎖するのは他愛もなかった。

好きな人の言葉、それだけで十分な理由だった。


 

「…で、資格を取得したんだけど、実は私お酒が大好きで(笑)。

もちろん野菜だけじゃなくて、お肉も食べる。だからね、無理しない、

食生活にローフードを取り入れる生活を提案していこうと思ってる。

 

ローフードは健康食だけど、だからといってナチュラル志向になるとかではなく、

綺麗になるために、心もカラダも健康になるためにある食生活っていう定義で発信していきたい。


サラダ一杯だけで森林浴と同様のリラックス効果があるんだから、

生活に酵素を上手く取り入れて、もっと綺麗になって、毎日を楽しく過ごしてほしい。

落ち込んだ私が救われたように、色んな人をローフードを通じて笑顔になってほしい。

その気持ちも持って、これからも一人でも多くの方にローフードを提案していくつもり。」

 

そういえば、ローフードは見方を変えればとてもシンプルだ。一定の熱を加えないというシンプルな概念。

酵素を取り入れ体内デトックスをすることにより身体も気持も元気になるというのも勿論だが、シンプルに戻るという行為は、なんとなく悩みにぶつかったときの対処法と似ている気がする。身体が先なのか、気持ちが先なのか分からないが、うまくリセットすることが人にとって前向きに生活するヒントになるのではと思うのは大げさなことではない気がする。

 

そしてYUKIさんも至ってシンプルに、伝えたい一心でローフードマイスターとして活動の場を広げていく。

 


朝はフルーツのスムージを作って酵素を取り入れるのを日課としている。組み合わせはいろいろ。
朝はフルーツのスムージを作って酵素を取り入れるのを日課としている。組み合わせはいろいろ。

—今まで、そしてこれからの活動を教えて?

 

 「薬院にある自然健 康食品店、ナチュラルマートの田所真理店長と知り合ったのをきっかけに今泉でローフードのイベントを実施しました。また、同店でロースイーツ販売も行いました。また、中洲のラグジュアリーホテルにて朝食メニューのプロデュースも行っています。今後は拠点を東京に移し、必要な方に対して ローフードのメニュー提案やイベントを中心に活動していきます。」


―YUKIさんにとって福岡はどんな場所だった?

 

「うん・・最初は友達もいなくて寂くてしょうがなかった。閉鎖的なところを感じて、馴染めなかったときもあったんだけど、一度友達になってくれるとみんなすごく温かくて、今は離れることが想像つかないくらい。ほんと、時々、東京へ行くことでみんなと離れてしまうことを考えると、切なくなる。」

  

―最初は苦手だった福岡が、今では居心地のいい場所になったんだね。

 

「色んなことにぶつかった分、色んな学びがあったからね。来た当初は落ち込んだらそのままだったけど、今では自分を棚卸しする時間を作ったり。結局、自分が暗い顔してると周 りも心配するでしょう?それなら、人を幸せにすることを考える時間に当てたいって、そう思うようになったし。随分傷ついたけど、その分色んな出会いがあって、大きくなりました(笑)。だからかな。」

  

―YUKIさんにとって福岡で思い出の場所ってある?

 

「いつも何かにつま ずいたときは、福岡港までランニングをして、海を見にいってた。福岡港の海は静かで、時々釣りをしているおじさんから話しかけられたりする。街から近いの に、とてもゆっくり時間が流れていて、ココロと頭の中を整理するのに最適な空間です。私は、一人の時間は絶対に必要なタイプだから時々ここに一人で行っ て、リセットしてました。」

 

―最後に質問。福岡に来て良かった?

 

「うん・・・(少し悩んで)良かったって思えるように鼓舞してる、ってのが正直な意見。というのも福岡にいる間はまだ自分は過程の段階だから。でも優しくしてくれてありがとう、って気持ちはあります、とても。」

 

彼女に会う人はみな「明るくてパワフルな女性」と口を揃えて言うほど溌剌なイメージだが、その裏には大切な人との別れによる辛さと福岡に馴染めない苦悩があった。

 

しかし、元職場仲間の一言をきっかけに新たな道を見つけ、また友人の薦めによりまだ数少ないローフードのイベントを行い、そこでのつながりでメニューのプロデューサーとして天神を中心に活躍しはじめている。そしてその話は東京へも徐々にではあるが広がりを見せつつある。

 

著者が感じているのは、彼女の進化の裏にはすべて「人」が関わっているということ。出会いというのは、意識するかしないかで、意外に生活の中で日常にあるもの。しかし自分の気持ち次第では日常が「特別」に変わったりする。福岡は最近、京都の人口を抜いた。人があふれ出す街の中で、きっと様々な出会いが繰り返されるだろう。そこで自分は何を見出すか、そのヒントを彼女の人生を知ることにより垣間見えた気がする。

 

 

 

■plofile 

ローフードマイスター YUKI 

1980年3月13日生まれ 鹿児島県鹿児島市出身 福岡県福岡市在住

2009年にローフードマイスターの資格を取得。 ローフードとは、摂氏48℃以上の熱を加えない調理法で作られた食事によって酵素を取り入れ、 代謝酵素や消化酵素の無駄な消費を抑え、効率よく代謝や消化を行うことで アンチエイジングにもつながると言われている。

YUKIはローフードマイスターとして天神を中心に 飲食店や販売店、ホテルへメニュー提案とイベントを行う。近々東京を拠点とし活動予定。

 

ローフードマイスターYUKIのFacebookページ

http://www.facebook.com/rawfoodyuki

 

 

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